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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)3311号 判決 1974年5月15日

控訴人 薬袋順子

右訴訟代理人弁護士 小木貞一

被控訴人 長田ふじ

右訴訟代理人弁護士 古明地為重

右訴訟代理人弁護士 竹内良知

主文

原判決を取消す。

別紙目録記載の土地につき控訴人が所有権を有することを確認する。

被控訴人は控訴人に対し前項の土地につき真正なる登記名義を回復するため所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決(当審において所有権確認の請求を追加した)を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張、立証は以下に付加、訂正、又は削除する外は原判決の事実摘示と同一であるから、それをこゝに引用する。

控訴代理人は、

(一)  被控訴人は本件土地について所有者たる実弟長田守雄から代金の決定、受領、所有権移転登記手続をする権限を委任され、調停事件に出頭して守雄の代理人として控訴人に本件土地を売渡すことを約したものであり、強制執行事件においても、申立、示談、示談金の受領、所有権移転登記手続をする権限を委任されていた。そして代金二〇万円を示談により一八万五、〇〇〇円に減額し、控訴人から昭和三〇年四月二八日右金額を受領したので、控訴人は右代金の支払により本件土地の所有権を取得した。

(二)  ところが被控訴人は昭和三九年三月六日同年二月一〇日売買を原因として本件土地の所有権移転登記をなしたもので、被控訴人の右行為は信義誠実の原則に反し背信的悪意者というべく、控訴人は被控訴人に対し本件土地の所有権取得を主張しうるものである。

(三)  しかるに被控訴人は控訴人の所有権を否認し、移転登記手続に応じようとしないので、当審において新たに所有権確認の請求を追加する。

(四)  右請求の追加は本訴の請求の基礎に変更はなく、著しく訴訟手続を遅滞させるものでもないから許されるべきである。

(五)  原審でなした被控訴人と守雄との売買が通謀虚偽表示である旨の主張は撤回する。

(六)  被控訴人の当審でなした調停における売買の目的物が控訴人の主張する本件土地ではなく別の土地である旨の主張は自白の撤回に当るから異議を述べる、なお調停で成立した売買の目的物は控訴人主張の土地で被控訴人主張の土地ではない。

被控訴代理人は、

(一)  控訴人の当審での所有権確認の請求の追加及び登記請求の原因の変更は訴の基礎に変更があり、訴訟手続を遅延させるものであるから許されない。

(二)  被控訴人が代金を一八万五〇〇〇円に減額したことは否認する。被控訴人は控訴人が残代金一万五〇〇〇円支払わないので口頭で調停による売買を解除し守雄から他の物件と共に代金二〇〇万円を支払って買受けたものである。

(三)  原審において調停による売買の目的物は控訴人主張のとおりと認めていたが、それは誤りで控訴人が買受けたのは別の土地(甲府市寿町二八五番一宅地一一二平方米四五)であるから訂正する。即ち甲府市寿町二八八番の土地は調停のときは一八一番であったがその後分筆され一八一番の四となりその後市区改正で新地番二八八番となった。調停による売買の目的物は別の土地で新地番二八五番の一である。二八八番の土地は調停当時丸山静枝に賃貸し同人が使用占有していたので、これを売渡す筈がない。

証拠≪省略≫

理由

控訴人主張の調停により控訴人と訴外長田守雄との間に土地の売買が成立したことは当事者間に争いがない。

売買の目的の土地につき、被控訴人は控訴人主張の本件土地であることを自白していたが当審においてそれは誤りであるから訂正すると述べ、右自白を撤回すると述べ、控訴人は右自白の撤回に異議を述べたのでその点について判断するに、弁論の全趣旨により被控訴代理人が誤って自白したものと解することができるが、右自白が真実に反するとの事実は被控訴人提出援用の全証拠によるも控訴人提出の各証拠と対比してこれを認めることができず、従って右自白の撤回は許されず、本件土地についての売買の成立は争いないものというべきである。

被控訴人は控訴人の当審における請求の追加、請求原因の変更を請求の基礎に変更あり許されないと主張するけれども、控訴人は第一審以来前認定の調停による売買を基礎として本件土地の所有権移転登記手続を被控訴人に対して求めているもので請求の基礎に変更ありとは見られず、右追加又は変更によって訴訟手続を著しく遅滞させたものともいえないから被控訴人の主張は理由がない。

よって次に被控訴人主張の解除の抗弁について判断するに代金二〇万円のうち一万五〇〇〇円が未払であることは当事者間に争いがないが、≪証拠省略≫を綜合すると控訴人が前記代金を約定の支払期限までに全く支払わなかったため被控訴人は守雄の代理人として強制執行を申立て昭和三〇年四月二五日執行吏の植松卯八は控訴人方に赴いたが原判決の認定しているように(原判決三枚目裏九行目その場から同四枚目表二行目までを引用する)控訴人と守雄の代理人被控訴人との間で代金額を一八万五〇〇〇円に減額する旨の合意が成立し、右一八万五〇〇〇円が支払われたこと(右金額の授受の点は争いがない)が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

被控訴人が控訴人主張のとおり本件土地について売買を原因として所有権取得の登記をなしていることは当事者間に争いない。

控訴人は被控訴人の背信的悪意者であるから控訴人は所有権取得を被控訴人に主張しうると主張するのでその点について判断する。

≪証拠省略≫を綜合すると、長田守雄は身体障害者であるため姉の被控訴人が以前から守雄の財産について一切の管理に当り、財産の処分についてもその代理権を授与されており、前認定の調停事件についても被控訴人が守雄の代理人として出頭し、本件土地の売買契約をなし、従って守雄に移転登記義務があることを知っており右代金取立の強制執行も同様代理人として執行吏に委任し、前認定の示談の衝にも当ったもので控訴人の本件土地取得の事実を熟知しておりながら後日になって守雄から控訴人に対する移転登記の実現を妨げるため守雄から本件土地を買受けたとして同人からその所有権の移転登記を得たものであること(売買を原因とする所有名義の移転の点は争いない)を認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定事実によると守雄と被控訴人との間の売買が真正に成立したものとしても被控訴人は本件土地の所有権取得についていわゆる背信的悪意者として控訴人は登記なくしてその所有権取得を被控訴人に対し主張しうるものと解するのが相当である。

被控訴人が控訴人の所有権を争っていることは、弁論の全趣旨から明らかであるから控訴人の所有権確認の請求及び所有権の移転登記手続を求める請求はいずれも正当というべきである。

よって右と判断を異にし控訴人の登記手続の請求を排斥した原判決は失当であるからこれを取消し、民事訴訟法第三八六条第九六条第八九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 小林定人 裁判官関口文吉は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 石田哲一)

<以下省略>

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